ガラガラポン <西新宿~飯田橋>

世の中の流れでおやっ?と思った事案の考察などをガラガラポン。

Twitterまとめとか、長い記事をテキトーに読む技術。

結婚して目に見えて時間がなくなった。

 

記事コメントを読んでると時間が凄くかかるなと思うようになった。

 

面倒な長文はこれまでも読み飛ばしてたが、趣味の分野でさえ面倒に。

仕事だし有意義な文章は読む。

面倒でも技術文書やトレンドのキャッチアップはする。

だが、ダルな長文はめっきり読まなくなった。

 

で、その対策だ。

 

読まなくても目を通す必要があったりなかったり。

バッチリ熟読しているだけではNG

読んでないことより知っていて概要を掴んでいる状態が必要。

 

タイトルと冒頭に論旨の概要が有る場合はそれをみる。

加えて…

見出し(論の展開)の流れ。

結論の7行くらい。

なんなら、タイトル⇒結論でもいい。


で、結論に何も言ってないなら、スルー

何も語ってない文章だろう。


面倒なのが結論部分が指示代名詞などでボカされて、読みたかった結論にあたる言葉などが引用されていたらソレは偽のエピローグだと認識。

もう少し前のセンテンスなのかパラグラフに本論まとめがあったりする。

(要は結論をお尻に書くとそこを読まれてしまい文全体が読まれないことを危惧した貧乏性の作者が仕掛けた罠だったり、もしくは論理的思考が備わってない人間の書く文だ)

 

それでも、その文章に得たいものが有る場合は…

実は今は簡単な話。


ページ内検索を掛けて読みたい/得体結論を得る。

 

何名ものツイートをまとめたサイトのコメントをつらつら読む場合もある

それらまとめを読む場合は…その分野に関し門外漢であり、かつその分野に関して全体像がつかめない場合などに読む。

モヤッとした状況は定性調査的なコメントの集合が足がかりになってくれる。


ただ、まとめ主の意図が背景にある場合が多く現実と歪曲している場合も有るので注意。

もっとも、Twitterや5chレベルの話だと既に現実とは歪曲しているので話半分にみるのが良いのかと。

 

真面目に読み込むと疲れてしまうしね。

 

メルカリで扱いやすい価格帯とサイズからくる商品の種類のはなし

またまたメルカリの話で恐縮です。

 

ただ、まぁ、得た情報は共有しておくと誰かのためになるかな?とね。

 

僕個人の仕事上の今っぽい感覚を掴むという目的は既に得られたし

更にこれら情報を流布してもなんら仕事には支障がないと考えたので追加投稿をしてみようとおもいまして。

 

通販は送料が嫌なもの

通販頼むとき、送料って嫌なものですよね。

通販会社もそう考えてます。

おそらくメルカリでも「送料コミコミ」が珍重されるのかなと。
エビデンスは無い。何点か売れた商品をみててそう感じた。…仕事なら調べるw)

 

売れないと仕方がない。

直近、僕は6点出品して5点売れた。

 

出品して物が売れていい気分の場合について考えた。

 

利益重視タイプ
1. 送料コミコミでもとが取れる

2. 市場価格がそれほど高くない

3. 自分が欲しいもの、自分が売って良いもの

この辺の感覚バランスがあっていれば売れる気がします。

また、2.が結構クセモノで良いものでも高いとあまり売れません。

中々セチガライ。

 

損益分岐点は?

1.の「送料コミコミでもとが取れる」ってのは損益分岐点てこと。

 

メルカリで送料コミコミ+自分の住所秘匿できるメルカリ便を使わない手はない。

なんとなくメルカリ便の規定で書かれている下限の450円を検証。

 

450円?

発送するには360円の発送費+65円の梱包材代+1割メルカリの取り分

と考えると

450-360-65-450×0.1=450-470円=-20円!!!(実際こうなるかは不明)

ということで、メルカリと宅急便屋を儲からせたい人以外はメルカリ便で発送したい人は450円以下でしか落札されないものはしないほうがいい。

逆に言えば450円にならないものはゴミ箱に投げ捨ててよいという価値観が成立するのかもw

 

物を大切にしたいな…という人もメルカリ文化圏にいるなら450円以上しそうなもの以外は「皆で共有できる物」とは思わず使い潰してゴミ箱にホールインワンだ。

(まぁ、物を大切にしたいひとには他にもプランを用意しておくが…)

 


サイズの問題

ココはまだテスト中だけれど、可能性の問題です。

らくらくメルカリ便なら3辺が60センチ~160センチなら色々送れます。

ただ、ネコポス、宅急便コンパクト、ゆうパック、ゆうメールで収まると尚良い。

とにかく発送費用が360円に抑えられるのはありがたい。

だもんで、どうしても大きな物をお送りたいときは宅急便を使ってヤマト持ち込みを実施ということになるが、通常であればネコポスか宅急便コンパクトに収まるサイズでどーんと発送ししまうのが良いと思われる。

となると、必然的に大きなモノは敬遠されるようになる。

25cm×20cm×5cmの箱くらいのサイズに入る何か】

が主力商品の最大サイズになる。

ソレ以上の宅急便で送るのであれば、送料込にする場合、送料分も載せて販売しないと赤字になる。これは注意が必要であったりする。

 

自ずと出品できる商品が決まってくる気がする。

自分の手元にある物をポイポイ出品しようってのもイイのだけれど、サイズ感、値付けなどを考えると自ずと出品できるものが決まってくるような気がする。

カメラ関連、自転車のパーツ関連、ガジェット

などが僕の周辺で売れそうなものかな。

女性のアパレルなども冬物と言うよりはコンパクトに圧縮できうるもの、アクセなど

がベターな出品物になるのかもしれない。

 

宅急便を使えば大きなものも遅れるが送料も大きくなることは考えておくべきだなと。

 

少しとりとめもなくなったけれど、お店屋ごっこ的な感覚がとても楽しいし断捨離?にもつながるのでみんさんの一助になればと思った次第。

ではまた。

メルカリでいろいろ出荷していて思う。

メルカリが上手いな~と思えた感触を共有

うれしはずかしメルカリ販売初体験」から数日、色々出品していて思うのは、メルカリのコミュニケーションの面白さだ。

 

買い手と売り手のコミュニケーション。

コメントのやり取りの話ではない。

 

メルカリと売り手のコミュニケーションだ。

 

メルカリは手数料ビジネスだ。

 

で、手数料が発生するタイミングの手間を解消し隠し通すことで不思議な使い心地になる。収益が上げられるよう見積もりを作るのは骨が折れるし請求書をだして請求をスルのも一苦労だがその苦労を霧散させることに成功している。

 

非常に現代的だな。

 

とおもったが、このモデルは意外と起源が古そうだぞ…。

 

この感触どこかで味わったことが有る。

サラリーマンならみな体験しているはずだ。

しかし、サラリーマンならみな意識をしていない部分でも有る。

 

そう、GHQが社会実験として戦後にねじ込んだ税金の源泉徴収である。

売買をして利益を得たら確定申告をしなくてはならない。

国に納税をすることが必至の世界が普通であるが、ココ日本は得意な状況にある。

税金を源泉徴収することで納税意識を霧散させることに成功している。

 

カネを請求するという意識がないし、どれだけ手数料が掛かったかという感触が手に残らないし、現金化の手数料が発生することの意味を理解できないから非常に安楽な気分で手数料を払ってしまえる。

 

このコミュニケーション、他にも有るな。

 

クレジットカードがそれだ。

払っているけど現金ではないから、いくら払っているのか概念は把握しつつも実感が希薄になる。

しかもポイントが手に入ったりすることでお得に感じたりもする。

が、実際はクレジットカード会社、信販会社が手数料を店舗に請求しており、店舗は低下を提示しつつもその手数料を馴染ませた価格で販売しており、言い換えれば手数料織り込み済みの価格を消費者は支払うことに成っている。(まぁ、店の持ち出しの場合もあるが、その店が儲けを確保しているということは、結局値付が手数料コミコミと同意義の方向に振れている)

 

利便性を向上していき、サービスを意識せず使えるようにする。

そして、知らず知らずのうちにお金を頂戴する。

素敵なことだ。

誰も傷まない。

 

 

メルカリの世界展開って少々無理があるよね?

メルカリは世界展開を標榜しているが、日本の社会感に根ざしたサービスだからシェアリングエコノミーの中でも日本的な部類として成立し、世界にはあまり受け入れられないのでは?とも。

「もったいない」の世界。国土が狭くガレージに物をぶっこんでおれず、流行がはやく物の価値がドンドン下落していく日本において成立するスタイルかな?と思ったり。

ファストファッション、ファーストフード、早いことに意義がある。

古くなり価値が無くなる前に手離れするように次のユーザーに渡してしまう。

この感覚は都市的でなく、ガレージのデカイ、土地の余ってる国には通用しないのでは?

シンガポールやイタリアあたりがギリギリでは。

あとはマイクロファイナンスが行われている貧困層が多くを占める場所でのビジネスだが、手数料ビジネスが主体のサービスなので、ほどよく高額なものを取引しないとメルカリ側が儲からないので、おそらく海外ではそれほど収益が上がらない。

社会インフラとして国の税金などの補助が有って成立するというのは有りだが、そういうことを目指しては居ないだろう。

じゃ、手数料+広告で収益は?ということだが、可処分所得がそれほど大きくない国ではそもそも広告を見せてもその広告主は大きな収益が上がらない。

マス的な大規模の群衆から少しづつ巻き上げるビジネスなら別だが、それほど効力もないのでは?とも。

 

下落していく価値の先にあるものメルカリの別の利用法

日本では価値が時間とともに下落していくという話をさきほどしたが、物の価値は反比例のグラフのように、ある程度時間が経つと大幅には下落しなくなる部分がある。

購入する命にかかわらないものであれば、旬を過ぎたところで買って見るのもいいのかもしれない。

安く買える。

必要がなくなれば安い値段で売る。

スピード感はないがソコソコの物が手に入る。

新品のものが手に入らない代わりに大幅に安い状況。

中々の話ではないか?

問題点はスピード感が無いからストックしておく場所が必要ということだ。

都市での活動には不向きな感じだね。

ただ、それはそれ。

土地の安く手に入る場所でゆるゆる暮らすにはいいのかもしれない。

まぁ、メルカリがインフラとして定着し、活発な取引が維持された場合の未来予想の一つだけれどね。

※数日前に高崎に寄ることが有り、23時まで飲食店が営業していたり数年前までの東京に近い状況で場所は広いし人的な生活が送れそうだなと何となく思った。
だが、過疎が始まると地方都市にも影響は出るから、どこまであの感じが維持できるのかは少し疑問符がつくところ。駅前開発は他のどのエリアよりも効率的でよい印象を受けた。あとヤンキーが多いっすね。

 

 

とりあえず、なるほどと思った部分と、そこから生まれるスローでローな方々達の新しくも危うい生活の近未来をば。といったところかな。

僕は、まだまだ早いところを行かなきゃならないので、高く買って早く使い早く売ることを心がける日々が続きそうです。

 

 

人生初メルカリ うれしはずかしメルカリ販売初体験☆(備忘録)

ヤフオクの波に乗り遅れ基本的に中古の売買はじゃんぱらフジヤカメラで行ってました。

ただ、メルカリが使いやすいという話と、個人情報が出にくい状況と理解できたので使ってみた次第。

 

メルカリ楽しいぞ

40過ぎのオッサンで腰を上げるのが面倒になりがちだが、やってみたら面白い。

面倒かとおもったけどそうでもない。(ヤフオクはとにかく面倒そうだった。)

楽しいのでこの悦びを共有したいなと思ったので備忘録的に書いておく。

 

恐らく初心者が戸惑う部分で後で忘れる部分をかければと思う。

 

出品は簡単

4つ写真を撮っておく。その際傷などが見えたほうが安心。

相場は以前出品され最近売れた形跡の有る価格をみる。

売り口上は以前に売れた人のを参考に書く。

付属品などの情報なども書く。

レビュー記事ではないことを意識する。(仕事柄レビューしそうになるw)

傷の話、中古品でありワンオーナーかどうかなどの話もする。

 

ブログの記事を書くのに似ている。

素材を用意して書いてポストだ。

 

値段交渉

コメント欄で実施される。

コメント欄が荒れてきたら削除するのもいいらしいが、削除すると削除跡がのこる。

多分このへんの文化的なものが面倒なところの一つかなと。

メルカリ側はあっさりしたシステムは作るものの決定的な解決方法は見いだせていない様子。(もしくは改修予定かな?)

事業参入をするなら、このあたりの部分を解決できればもうワンチャンあるのかも。

 

 

売れたら発送だ

発送が実は一番気が重かった。

梱包するのとか面倒そうだし。

で、僕は梱包を済ませファミリーマートに行った。

 

梱包で少し困るが解決。

ファミリーマートに行くと専用の箱が有ることを知らされる。

少しつまづく。

梱包していたのが半分不要になってしまった。

プチプチにくるんだ荷物を出して包材を買う。

65円の実費で販売だ。

薄型の箱と封筒がある。

逆に言えば扱えるのはソレしか無い。

箱は薄く封筒はサイズ的に心もとない。

僕はその封筒の方を買い無理やり詰めた。

(なんとか入って伝票がはいるシールを貼って終わり)

ノウハウといえばこんなところか。

あとは送ったら「送ったよー」と挨拶をしておく。

使ってくれて喜んでいただければとても楽しじゃないか。

 

発送時の梱包の参考

参考までに包材の寸法をガイドからの引用 で書いておく 

 

専用BOX
縦25×横20×厚さ5㎝の外寸

専用薄型BOX
縦24.8×横34㎝の外寸

ともに

全国一律380円(税込)

※専用資材は別途購入65円(税込)

 

中型のものはヤマトに持ち込むしかないようだ。

荷物が多い場合は集荷でも良いかもしれない。

それはまた別な機会にでも。

一応、備忘録?なのでリンクを貼っておく。

60~160までのサイズに段階的に値段も変わるみたい。
参考:2018.10/30現在 60サイズ(2kgまで):600円~160サイズ(25kgまで):1,500円

 

大型のものはヤマトが集荷に現れるそうで…

 

送料は販売利益から差し引かれる

 

とりあえずいま配送中

大体こんなところが不安要素だったかな…。

送ってみると「あれ?」って感じです。

まだ、入金されて終わったわけではないのでなんとも言えないが…

あと、買う側の気分になってみたくも有るので
オーダーも自分でしてみようと思うのだけれど、最近物欲がなくてね。

もちろん、新しいガジェットとかは欲しいのだけどソレはまた別の話で…

災害対策で備蓄しておくものリスト(個人用・車なし・持ち出し想定2018)

北海道、大阪、広島、熊本…台風被害や震災など天災にあわれた方々がとても心配。

独身だったらすぐに駆けつけているところ。

で、いまは家族がいるので最低限、数日間自活できるものを備蓄しておこうと思い備忘録的に残しておこうと思います。

(2018.10.22加筆)

なお、このリストは

togetter.com

の写真から適当に書き出したものと自分で加筆したものを置いておきます。

以下、リスト

ガジェット系

電池
ポケットラジオ(スピーカー付き)
手回し充電器
大容量モバイルバッテリー

○懐中電灯
○手回し懐中電灯/握り懐中電灯
○モバイルバッテリー
○ノートパソコン/ポメラ(加筆)
○GoPro(加筆)
○デジカメ(加筆)

 

飲食物

ろ過器(加筆)
カップ麺、乾パン、アルファ米、非常食
○ポリタンク
△水(6L)(2018.10.22加筆)4Lはある
☓カセットボンベ(2018.10.22加筆)常備中引火、爆発の恐れあり

 

サニタリー、トイレタリー

ウエットティッシュ
オシリフキ
水無しシャンプー

 ○トイレットペーパー
○ボディフェイスシート
○簡易トイレ
 

行動用

シャベル(加筆)

○バケツ
○タライ(加筆、持ってる)
○箒(加筆、持ってる)
ウオーキングポール(加筆、持ってる)
○雨具、合羽/折りたたみ傘(加筆、合羽がほしいかも)
○帽子(加筆)

△ヘルメット(2018.10.22加筆)自転車用1つ
△ザック2本(加筆、一方のザックに詰めておく)詰めてはいない
△小さめの自転車2台(加筆、1台ある)
△寝袋用マット(2018.10.22加筆)銀マットはあるが変えたい
△寝袋(2018.10.22加筆)一つ有る

☓テント(捨てた)(2018.10.22加筆)持ち運ぶのに重い 

遊興

togetter.com

トランプ(9/13加筆)⇒これはいい。 なんじゃもんじゃ、ニムトも気になった。

 

ライト関連

ヘッドライト

○チャッカマン
○懐中電灯
○LED-USB電球(2018.10.22加筆)ダイソー。モバイルバッテリ稼働確認済

ローソク(2018.10.22加筆)常備中燃える可能性。アロマキャンドル有り
△ライター(2018.10.22加筆)チャッカマンで代用

☓ランタン(2018.10.22加筆)重いので止め 

 

現金
いくらか

 

雑感

ざっとこんなところだろうか。

 スマホタブレットは被災時にバッグに突っ込んでいけばいいだろう。

自転車は有ればの世界。
ヘルメットは自転車のものを流用する?
東日本大震災の際にヘルメットを被って帰宅している大手企業の社員を見ていて羨ましく思ったりしたので、用意しておいても良いのかもしれない。

 

現金の目安だが、東日本大震災のときの印象では3日分、もしくはそのエリアを離れられる切符代が入っていれば良い気もする。

災害エリアを出れば普通の貨幣経済と電気の有る生活が待っているわけで、そこに出るまでの足代が必要になるってわけだ。

また、1万円単位ではなく千円単位で持っているといいだろう。
コミケに行く案内記事みたいになってきたなw)

 

おそらく、自分の趣味の分野で持ち物は変わるのかもしれない。

僕はカメラや文字を書くものを書いておいた。

エネループなどを用意しておくのもよいが、単3など電池のフォーマットを統一しておくのも良いかもしれない。

 

そぞろに書いたがだいたいそんな感じで。

初動で随分と状況も変わるだろう。

家にいない時間も多いが、家にいる場合に持ち出せるもので考えておけば良い。

あとはなんとかなる。

 

災害が起きた際にパニックになる事を避け、冷静な対処をするためにも過剰にならない程度の準備はしておきたいなと。

 

雑感2018.10.22加筆

買ったものを更新。常備できるもので危険物は除外。特に可燃性のものはソレが原因で震災時などに発火しては洒落にならないので止め。

電池、エネループの系統は最近利用していないこともあり入手しないとな…。と。
また、単4ではなく単3でサイズを揃えることで安定した運用が可能になると思われる。

ラジオに関しては家族が持っていると言うが、ダンボールの中にあり無いも同然。
すぐに取り出せる位置に準備しておくことは重要と思われる。
そういった意味では、ザックの中に詰めておくということはいいことと思う。

モバイルバッテリーは便利なのでちょくちょく使ってしまうので、充電して保存しておくか、2つ買って交互に常備しておくというのでもよいのかもしれない。

 

オワコンという言葉の古さと2018年らしいコンテンツの終わりについて考えてみる。

anond.hatelabo.jp

上の増田氏の投稿についてはてブもしたのだけれど、下記足りないので加筆をば。

 

ちなみに僕は「はてブ」にこう書いた⇒(nisisinjuku 自分が先に知ってたものを過去のものと切り捨てマウントする行為だね。マスによる流行がなくなり多様なコンテンツが散在する現在、コンテンツの価値を評価する軸として「流行りかどうか」は価値を持たないのでは? 

 

オワコンと切り捨てられた言葉に傷ついた増田氏に同情する。

面白いと思ったものを頭ごなしに蹴飛ばすってのは酷い行為だよな。

風来のシレンはオワコンなのか?

否、その辺をかんがえてみた。

 

●流行りという過去にあった価値観

従来コンテンツはマスマーケティング、テレビや新聞でプッシュされ作られた「流行」が実際にあり、ソレを受けて「今お茶の間で大流行」とか「今ニューヨークで大流行」とかって話の作り方があった。

 

●知り得る情報の多様化と人間の限界

今回の話題は「自分が先に知ってたものを過去のものと切り捨てマウントする行為」が現在の世の中的に悪なイケていない行為なのだと言いたい。

テレビなどマスメディアが作った「流行」が機能しなくなって久しい。

 

更にソコには、バブル期に有ったものを掘り起こしナンバリングタイトルを作り、リブートとかリメイクを良しとする世の中。多様なコンテンツ…過去の実験的な取り組みなどを含めコンテンツ≒感動の形が散在する現在。

そのあまたあるコンテンツを消費し尽くすことは人間の人生では到底足りない状況になっている。

好きなもののジャンルを極めるオタク的な人でさえ、ネットで集約集合的に集められた情報を網羅することはほぼ諦め、ネットを介して必要な時に必要なものを探し当てる生活スタイルに移行している。

(そのなかで、あのコンテンツは面白かったのか?どうか?という議論は有って良いと思う。)

 

●評価軸が世の中的に変わった。

イモい、都会的ではない。とかつてのバカにする言葉は有った。

今もある。が都市部の功罪もわかり田舎の良さも判るように成ってきて、都会的でないということが必ずしも悪いことではなく成ったのか、都会的でないと言ってる人たちが元田舎者だということが判ってきたからか、そういう部類の評価軸はなく成ってきたと思う。
(僕は生まれから東京育ちなのだが、そんな事をイキっていう人は東京生まれには少ないということもよく知っている。)

 

で、今回の「オワコン」についてだ。

コンテンツを評価する価値基準として「いま流行りかどうか」「コンテンツとして生きているか死んでいるか」は価値を持たないのではないか?

・コンテンツの数が多すぎる。

・新しいものをみんな楽しんでいるわけではない。

・古いものをみんなが体験しているわけではない。

・そのコンテンツが時代とマッチしていない楽しめない場合はNGだが。

となる。

ノストラダムスの大予言があり、世紀末を前にしたEVANGELIONのオドロオドロシサがいまは信じられない状態なのでEVANGELIONは実はコンテンツの旬は過ぎているのだが、別の見方も含めいまはコンテンツとして生きている。

風来のシレンはどうだ?

僕も恥ずかしながらやったことがない。

トルネコさえやったことがないのだが、ローグライクゲームは気になる。

そう、やったことがない人にとってはコンテンツとして終わっていない。

全然オワコンではない。

 

●オワコンの可能性とオワコンの否定

では、増田氏は何が悲しかったのだろうか?

オワコンという言葉の前後を考えればいいいのかもしれない。

(君が紹介しようとしたゲームは俺の中では)オワコンだ。

ということではないか?

つまり、コンテンツ自体の終わりではなく、バイト先の人の中で終結してしまったというだけの話ではないか?

もしくは、バイト先の人の視点で、彼が認識できる狭小な範囲の中で風来のシレンは語り尽くされオワコンとなってしまったということではないか。

有名コンテンツをオワコンと切り捨てコンテンツの終わりを宣言できる俺カッケー!とドヤりイキっているだけだ。
そんな暴挙に宝物を見つけ喜んでいる心をひりつかせる必要など無い。

 

うん。

 

話したバイト先の人とは話し合えないことがわかったのは確かだ。

それはいささか悲しいことだ。

しかし、コンテンツとして終了宣言を投げつけた彼は滑稽であり
コンテンツの終了を言えるほど彼は影響力がある人間ではないし、世の中の人のはやりを知れるほどの情報を彼は持ち得ていない。

 

シリーズもたま~に新作がたまに出てたりするわけで何の絶望を覚える必要もない。

風来のシレン - Wikipedia

 

新たに触れ、熱中できるゲームを見つけ興味をもって取り組めている今を楽しむべきだ。

そうして新しい冒険と新しい物語を紡ごうじゃないか。

(なんなら、開発者になって風来のシレンの新作作成に加わることだってできるわけだしな。シリーズが出ないなら同人だって構わないじゃないか!!)

 

タイトルの補完

・オワコンというのはマスが生きている時代にそのブームは去ったという言葉だった。

2chがまだ勢力が有った時代に2ch上でのオワコンかどうか?という話だった。

・ニコ動がまだ勢力が有った時代に(ry

・マスが機能しなくなって久しくコンテンツも多くなり頭ごなしにオワコンとは言えない状況になっている。

・コンテンツが古いかどうかという軸は有るかが、終わったかどうか判断しかねる。

・なんなら自分で作ったっていい。

 

いまようなコンテンツの終わりとは?

マスでないところでの終わり?

神様が信仰されなくなりフェアリーになってしまった状態に近い?

コンテンツが認識外のものになり、誰にも触れられなくなり語られなく成った時。

コンテンツとしての存在は霧散する。

認識している人がいて心の中にそのコンテンツがある以上オワコンではない。

はあちゅうさんが作家を名乗ることでTwitterがざわついた件について考えた。 #ライター #作家

togetter.com

はあちゅうさんの活動はたまにはてブで話題になってるのでチラ見のレベル。

似た感じの響きの名前のひとにちょまどさんがいるけどこちらはMSさんがエバンジェリストの名を冠している。
(広告塔としても、ザマリンの名を轟かせていて良いと思います。)

個人的には各界で綺麗な人が多いほうが同じプレゼンテーションを世の中にするにしておっさんがやるより傍に見ててもウキウキするので頑張ってくれと思ったり。
(ブロガーさんとしての活動もエクサマリンのことも僕はよく理解してないw)
そこに何らかの野望?を持っているのだとしても、顔を出して頑張ってるのは、気概があっていいと思うんス。

 

で、本件。

自称する職業の呼称に関するバイブレーション。

はあちゅうさんは自分を「ブロガー・作家」とな。

「ライター」と言われて「ちげーよ。」ってことだったらしい。

はあちゅうさんが捉える「ライター」像に何かマイナス?なところがあり嫌なんだろう。

 

ただ、まぁ、ライターをdisると言うよりは、自分は嫌だと個人的に言っているようで、まぁ、ご勝手にと言うところですが…で、勝手に分析すると職業のライターを嫌なものだと認識するということではなく単語認識の問題なのかな?と思った次第。

 

ちょっとしたメモ書き程度だがはあちゅうさんを誹謗中傷をするという痛快な文章ではないので、その辺の紋切り型の文章が見たい人はお門違いかなと。

 

で、考えてみた。

一つはライターという呼称について。一つはざわざわの原因について。論旨は2つだ。

 

まず、ライターについて。

 

作家は「作品をつくる人」「作品の人」で作+家だから作品ありき。

ライターってのは「書く人」で何を書くかは語ってない。

 

本来的にははあちゅうさんはライターという呼称を毛嫌いする必要はないように思う。

今回はその単語認識のズレが一つの問題だったのだろう。

これは、その「ライター」として思い浮かぶ人、ベンチマークが誰かとか、どういう認識か?という個人的、主観的な問題を背景に「私をライターと呼ぶな」的な事になってきているのかもしれない。

おそらく、昨今の「ライター」っていうと、クラウドソーシングでキューレーションメディアに「10円でヨロ」って言われてる人達のことを「ライター」って扱いで扱われているのをみて「ライターって呼ばないで><」ってなったのかもしれない。

僕もコピーライターをやってたことがあって、編集ライターの友人がいたりしたことも有ったので、ライターという単語の安売り感は有るよな。と思っていたところもある。

ただ、まぁ、編集ライターにせよコピーライターにせよ良い仕事をしている人達もいるので、まぁ「ライター」というコトバを腐らす必要はないと思う。

「キューレーター」という仕事もあるけど、キューレーションという仕事自体があんな形で腐ってしまったので、同じようなことが「ライター」にも起こると予防線を張ったのかもしれない。

はあちゅうさんの勘をトリガーにしたポジショントークだったのかもしれない。

(キューレーションサービスに搾取されてたような)ライターとは違う!

とな。

 

で、もう一つの問題。

林真理子さんに免罪符をもらった、はあちゅうさんに対する「作家」呼称のざわざわ感。

 

なるほど。

林真理子さんは上の文章が真だとして、客観的に見ると「使いたければ使えば」と突き放しているような…。

 

まぁ、これは言霊てきなテクニックの問題ですね。

 

名乗ることは宣誓だし、仕事をする上で気概に繋がる。

俺は作家だ!

的な。

言ったからには引くに引けない。

結果、頑張る。

超頑張る。

的な。

 

で、何が問題か?というとココで出てくるざわざわ感です。

 

通常の場合、呼称を名乗ることでソレになるということも成立します。

なぜ、今回このことにざわざわ感があるのか?

 

これは、以下のような感じかと。

「有名な人」が自称してソレになる。を実践した時のみの問題。

 

「自分が認識する自分」と「他人の認識する自分」に開きがある場合違和感=「ざわざわ」を【社会的に共有】してしまうことで発生する「ざわざわ感の共有」って話。

 

林真理子さん的には「まぁ、いんじゃね?」ってところでほん投げておりますが、はあちゅうさんは林真理子さんが言うよりも有名でテクニック的に自称しておいてそこにキャッチアップをする。ということをやるターンではないのかもしれません。

この手法は、有名になるのと呼称した職業の練度、実現性が噛み合って成長すると外部の認識が追いついてくる手法で、有名なひとがやってしまうとニヤニヤされるだけになる。(ウマく行けば数年後には「まぁ、ね。」って感じになる。)

 

とかく、はてな村民とかトゥギャッターあたりでまとめられているってことは、思いの外、ネットでは大人気なのかなと。(残念ながら銀座ではない)

 

銀座は社会なのか?と言われればまぁ、某大手代理店の城下町?(新橋?)(⇒古巣に目に物見せるのが野望?)くらいの感があますが、ネットはそれ以上に社会だとも思いますので、数万単位でざわつける。自体になってる…とな。

しかも、キューレーションサービスのライターを向こうに回しているのが真だとすれば、ある種ガソリンを撒いている行為だったのだけど、違う枠の人、吉田豪氏がそのガソリンに鼻を利かせたのかな?とも。

まぁ、大炎上に成らなくてよかったですね。

 

ってのと、キューレーションサービスのライターさんはいまはソレどころじゃないのかなぁと思ったりして、それはそれでキューレーションサービスを出してる上場企業さんが社会責任を果たして行けばいいのかな?とおもったりしたわけです。

 はあちゅうさん自身が、実際に考えている以上に影響力がでてきていることの現れであり、有名になっているのだから「林さんが言ってたから~」という他力を使うのではなく、社会をざわつかせない対策をとるべきかな?と思ったりします。

(有名になる。有名人てのは、社会の一部であり、それなりの社会責任を帯びるところがあるのでね。その責務を果たすべきとも。今回の投げ掛けにたいしてはあちゅうさんは「ブロガー・作家」で行くとルフィーのごとくドンとかまえましたが、それだけでは足りないのでは?ということ。)

 

プランは2つ。

1つはトゥギャッターのコメントのなかにもありましたが「名乗ることでソレになる」というテクニックの延長線上。作家になる。

小説家、絵本作家、絵描き、写真家、なんでもいい。賞でもとるとか、ギネスに載る量を生産するとか、なにか皆が納得の行く作品を作る。

 

もう1つは、べつの名称を名乗る。

世の中にはある種今までにない仕事を始めている人が多くいて、はあちゅうさんもその一人で、先鋭的なものなので、他にはない。ということで、チープになりがちですがなにか新しい名前を付けたほうがいいかなとも思ったり。

「コンテンツライター」

とか

「コンテンツメーカー」

的なところが良いのではないでしょうか?

コンテンツを作る人であり、書くのを外注している場合もあるし、この先文字をパチパチ打ち続けるのか?というと、もっとできることもありそうですし、ブロガーという範疇でいるのも勿体無いかな?と思ったり。

 

まぁ、僕は兼業ですがプランナーなので、少なくともこういう話で問いがある場合、そして挙手をして何か物言いをする場合、すくなくともひとつプランを用意しますが、だいたいこの辺りで応えになるのかなと。

せっかく名前も売れてきているのだから、呼称などというコトバに縛られないように何かの一助になればとも思った次第。